鳥海で滑りながら「フォーッ!」って叫びたいあほテレマです。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
ゼンザブロニカよ永遠に
bronica.jpg

1998年にレンズメーカータムロンに吸収合併されていた国産中判カメラメーカー・ゼンザブロニカが、ついにその歴史の幕を閉じる事になったって・・

最近は35mmカメラで銀塩フィルムから撤退するメーカーが相次いでいたから、いつかは中判にもこの波が押し寄せてくるとは思っていたけれど、メーカーそのものが消えてしまうとは思ってもいなかった。やがてデジタルの領域に進出していくんじゃないかと・・
でも多くのメーカーがデジカメに主力を移していったのとは異なり、ゼンザブロニカは純粋な中判カメラのみのメーカーとして在りつづけ、そのクラフトマンシップをはっきりと表現してきた。頑固で、稀有な存在だった。

ゼンザブロニカの誕生は昭和34年。デビューモデルの発表はアメリカのフィラデルフィアだったというから、世界に向けて羽ばたく思いだったろう。ネーミングは、創業者・吉野善三郎+ブローニー+カメラ うーん・・この名前!まさに国産中判カメラを作る為にこの世に生まれてきた方だったんだなあ!

俺の持っているこのSQ-A(6×6)は、今から12年前のまだ学生時代に食費削って貯めたバイト代で買った中古品。当時、新宿紀伊国屋で立ち見した白旗史朗の山岳写真の美しさにびっくりして、大判・中判カメラの本当の凄さを見た思いだった。
初めて撮った写真は住んでたアパートの向かいにあった蕎麦屋「増田屋」だったなあ何故か。露出が全然足りてなくて仕上がってきたフィルムが真っ暗になってた。だからまた節約してオプションの露出計を中古で手に入れ、何とかまともな写真が撮れるようになった。

最近はデジカメ使う機会も多くなったけど、被写体に完全に没頭するような感覚が得られるのが中判の大きな魅力で、決してデジカメでは得られない。

大きなファインダーを何度も覗き込んで、光線の強さと向きを慎重に判断して構図と露出をここぞと決め、ミラーアップレバーを倒し、祈るようにレリーズを押す。デジカメ写真のように画像処理で誤魔化すことは出来ない。良くも悪くもその時の実力がそのまま未来に残される。
こうした一連の動きの中で段々と集中力が高まっていき、異次元の世界に入り込んでいくプロセスは、テレマークで最高のパウダーを滑る時の時間感覚に似ている気がする。

それに思い入れのある写真はスライドフィルムに残してルーペで覗き込み、時には大写しにして撮ったその時の記憶を呼び覚ますのが何より楽しい。

荷物が重くてもコイツをザックに入れてどこでも確実に滑り、やがて三浦敬三氏のような素晴らしい山岳スキーの写真を撮れるようになりたいもんだ。その為にはまだまだ技術と腰の鍛錬が必要だな俺には。




スポンサーサイト

テーマ:カメラ話、写真話。 - ジャンル:写真

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。